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最近、ナフサやトルエン、キシレンなど、石油化学製品をめぐる供給不安について、さまざまな報道や解説が出ています。
政府は「国全体として必要な供給量は確保できている」「一部で流通の目詰まりが起きている」と説明しています。
一方で、現場では塗料、シンナー、接着剤、防水材、インク、包装材などの納期遅れや出荷制限が実際に起きています。
この問題を考えるうえで大切なのは、どちらか一方が嘘を言っていると見ることではなく、見ているものが違うということだと思います。
政府は主に、原油やナフサ、石油化学製品の「総量」を見ています。
しかし現場が見ているのは、必要な品目が、必要な品質で、必要な時期に、採算の合う価格で届くかどうかです。
ここに大きなズレがあります。
ナフサは、石油化学製品の重要な原料です。
しかし、ナフサなら何でも同じというわけではありません。
プラスチック向けに使いやすい軽質ナフサもあれば、塗料やシンナー、接着剤、インクなどに関係するトルエンやキシレンなどの原料となる重質ナフサもあります。
今回、中東情勢の悪化やホルムズ海峡をめぐる不安により、中東からの供給が不安定になりました。その代替として、アメリカやアジア各国から原油やナフサ、化学品を調達する動きが進んでいます。
ただし、代替調達は簡単な話ではありません。
原油の産地が変われば、そこから取れるナフサの性質も変わります。
ナフサの性質が変われば、そこから作られるトルエンやキシレンなどの量や品質にも影響が出ます。
つまり、原油やナフサの総量を確保できたとしても、それがそのまま塗料やシンナーの安定供給につながるとは限りません。
4月には、トルエンの輸入量が大きく増えたという報道もありました。
2026年4月のトルエン輸入量は約8,930トンで、2025年の年間輸入量の約3倍にあたるとされています。
一見すると、これはかなり大きな数字に見えます。
実際、輸入量としては異例の大きさです。
ただし、必要量から見ると、これだけで十分とは言い切れません。
4月の純トルエンは、国内生産が約5万9,093トンでした。
前年同月の国内生産は約10万2,811トンなので、国内生産の減少分だけで約4万3,700トンあります。
一方、4月の輸入量は約8,930トンです。
つまり、輸入で埋められたのは、国内生産の減少分の約2割程度にすぎません。
「年間輸入量の3倍」と聞くと大きく感じますが、もともと日本はトルエンを輸入中心で賄っていたわけではありません。
平時の輸入量が少ない品目では、輸入が何倍になったかよりも、国内生産の落ち込みをどれだけ補えたかを見る必要があります。
さらに、輸入品はすぐにそのまま使えるとは限りません。
品質確認、成分確認、用途への適合確認、価格交渉、流通調整が必要になります。
輸入を増やしていること自体は前向きな対応です。
しかし、それで一気に安定供給へ戻るわけではありません。
トルエンについては、在庫率が891%に上昇したという数字も出ています。
この数字だけを見ると、「在庫は十分あるではないか」と感じるかもしれません。
しかし、在庫率は在庫量だけで決まるものではありません。
在庫率は、出荷量との関係で見ます。
つまり、出荷量が大きく減れば、在庫率は一気に高くなります。
4月のトルエンは、生産が前年同月比42.5%減、出荷量が67.3%減と大きく落ち込んでいます。一方で、在庫量は前年同月比27.3%増えています。
つまり、在庫が増えたという面もありますが、それ以上に出荷が大きく絞られたことで、在庫率が跳ね上がった可能性があります。
在庫を放出すれば、一時的に供給量を増やすことはできます。
政府がいう「例年需要の1.8倍供給できる」という説明も、こうした在庫放出を含めれば成り立つのかもしれません。
しかし、在庫を出せば当然に在庫は減ります。
その後も国内生産、輸入、品質確認、用途別配分、価格、納期が安定して続くかは別問題です。
在庫率だけを見て「問題なし」と判断するのは、まだ少し早いと思います。
今回の問題について、「中間業者が抱え込んでいる」「買い占めが原因だ」という見方もあります。
もちろん、流通の目詰まりはあったと思います。
先行きが不透明な中で、メーカー、商社、卸、販売店が在庫を厚めに持とうとすれば、結果として末端に届きにくくなることはあります。
ただ、それを単純に「悪い業者が出し渋っている」と見るのは違うと思います。
次にいつ入るか分からない。
価格がいくらになるか分からない。
同じ品質のものが入るか分からない。
高値で仕入れても価格転嫁できるか分からない。
そういう状況で、民間企業が在庫を守ろうとするのは自然な防衛行動です。
特に資金繰りが厳しい会社ほど、価格転嫁は簡単ではありません。
大手との力関係もあり、値上げを言い出しにくい会社もあります。
原材料高をすぐに販売価格へ転嫁できなければ、仕入れれば仕入れるほど資金繰りが悪化することもあります。
だから、出荷を絞る。
在庫を温存する。
得意先ごとに割り当てる。
納期未定にする。
これは悪意というより、不安定な供給環境の中で何とか事業を続けるための防衛行動です。
今回の問題を、米騒動やマスク、トイレットペーパーの買い占めと同じように見る意見もあります。
たしかに、先行き不安によって発注行動が変わるという点では似ています。
しかし、決定的に違う点があります。
米やマスク、トイレットペーパーは、一般消費者が店頭で買いに走る商品です。
一方、今回問題になっているのは、塗料、シンナー、接着剤、樹脂、インク、防水材、包装材などの産業用原料です。
一般の人が店頭で買い占められるものではありません。
問題は、価格、品質、納期、再調達リスクです。
そして、その背景にはホルムズ危機、中東情勢、代替調達の不安定さ、世界的な原油在庫の減少があります。
単なるパニックや買い占めだけで説明するには、あまりにも構造が複雑です。
政府が石油元売りからメーカーへの直接供給を進めたり、相談窓口を設けたりしていることは、必要な対応だと思います。流通の目詰まりを解消する意味では、一定の効果があるはずです。
ただし、それで根本問題が解決したとは言えません。
問題は、総量だけではありません。
必要な原料が、必要な品質で、採算の合う価格で、必要な時期に安定して届くかどうかです。
中東以外からの代替調達は、多くがスポット契約に近い形になります。今後も他国に買い負けないことが前提です。価格も高く、品質確認や成分調整にも時間がかかります。
さらに、世界的な原油備蓄は記録的なペースで減少していると指摘されています。
見かけ上の備蓄総量があっても、短期間で市場に追加供給できる即応在庫には限りがるそうです。
その即応在庫が薄くなれば、原油価格の上昇圧力になります。そして原油価格が上がれば、ナフサ、トルエン、キシレン、塗料、シンナー、接着剤、樹脂、包装材など、幅広い分野に波及します。
今回の問題は、「あるか、ないか」だけでは語れません。
原油やナフサの総量としては、ある程度確保できるのかもしれません。
しかし、現場で必要なのは、単なる総量ではありません。
必要な品目があるか。
必要な規格で使えるか。
納期が読めるか。
価格転嫁できるか。
今後も継続して調達できるか。
ここが不安定であれば、現場では不足になります。
政府の対応を評価する部分はあります。
一方で、民間業者やメディアを悪者にして終わらせるのは違うと思います。
みんな不安定な供給環境の中で、何とか事業を回そうとしています。
メーカーも、商社も、卸も、販売店も、現場の事業者も、それぞれの立場で必死に調整しているはずです。
だからこそ、必要なのは犯人探しではなく、現実に即した情報共有です。
どの原料が足りているのか。
どの原料が厳しいのか。
どの程度の価格上昇が見込まれるのか。
どの品目に納期遅れが出やすいのか。
いつごろ安定する見通しなのか。
そうした具体的な情報がなければ、民間企業は在庫を守ろうとするしかありません。
ナフサ不足の問題は、単なる買い占めではありません。
総量では見えない、価格、品質、納期、品目別供給、そして国際情勢が絡んだ供給不安です。
中東情勢が本格的に落ち着き、通常ルートでの安定供給が戻らない限り、資材の不安定さはしばらく続くと見た方がいいと思います。